続・しあわせを感じる秘訣

チモン村の風景

めざすチモン村に到着。

雲一つない空は、吸い込まれそうなほど濃いコバルトブルーに染まっています。

桃色の花を咲かせたそば畑。立派に成長したトウモロコシ畑。草が生い茂るだけのただの原っぱ。その間を緩やかなカーブを描きながらのびる小径は、誰かと誰かの家を繋いでいる。土壁に木枠の窓をあてた趣のある家屋。家々は重なることなくゆったりと点在し、しろいけむりが煙突から立ち上っている家もあります。
まるで、過去にタイムスリップしたような気持ちになります。

 



チモン村の人びとのしあわせ

ツアー参加者と、村びとたちが中庭で焚火を囲んでの夕ご飯の後、村人への質問タイムがはじまりました。ツアー参加者全員がブータン人が感じている「幸せ」に興味がありました。

いままで一番幸せを感じたときはどんな時か、と質問してみると

ペマさん(ツアーの案内役)のお兄さんは「結婚したとき」
ペマさんのお父さんは、「釣り、そして狩りをした鹿や猪をみんなに分け与えているときが幸せでした。けれど、いまは年をとったので、来世の準備をしなくてはいけません。来世委は殺生をどれだけしたかによって決まります。狩りはやめて、僧院に通い、来世に行くためにするべきことをしています」
ペマさんのお母さんは「歌を歌っているとき。若い頃は口を閉じているときがないくらい、いつも歌っていたのよ」と微笑みました。「いまは、毎日マニ車を廻して、幸徳を積み、来世の準備をしています。死ぬ準備をしていることがいまのわたしのしあわせです」


質問をしているとき、ペマさんのお兄さんからこんな言葉を聞くことがありました。
「この村では、一世帯ですべてが完璧に満たされているところはありませんが、村のみんなで助け合いながら満たしでいるのです。何か足りないものがあれば、村のみんなで分け与える。村では除外されているひとはひとりもいません」


また、村のある女性は「ひとが集まって、みんなで過ごしているときがしあわせです」と本当にうれしそうな顔をして答えました。
わたしたちがいただいたおもてなしやごはん、目の前で燃やされている薪は、村びとたちがあるものを持ち寄ってま
かなってくれたものだそうです。

村びとの幸せはそれぞれだけれど、「人と人とが繋いできる輪」から生まれてくるものばかりでした。

 

目新しい特別なことではなくて、目の前にある日常的な時間の中で幸せをめいっぱい感じているようでした。

 

キリの良いところで質問タイムはおひらきとなり、泊めさせてもらう民家をめざして、懐中電灯の灯だけを頼りに歩き始めました。
ふと懐中電灯のスイッチを消してみると、チモン村の風景が暗闇からゆっくりと浮かびあがり、目指す家も、足元も、原っぱに生えている小さな草まで、はっきりと見えてきました。懐中電灯の灯を消したことで暗闇が蘇り暗闇があるからこそ見える輝きに気が付いたのです。
影を落としているのは夜空に浮かんだお月様、その月明かりは、私の体だけではなく、こころまで優しく照らしているように感じました。草の葉に輝く光に見とれながら、ゆっくりと民家へ繋がる小径を歩きました。

 

オーガニックコットン

滞在2日目、村を見学する日。オーガニックコットンの畑を見に行く。

オーガニックコットンとは農薬や化学肥料を使わずに育てたコットンのことです。

チモン村はもともと、自分たちで栽培したコットンで糸を紡ぎ、草木で色を染め手織りの布で自分たちの着る服をつくっていたそうです。ところが、近くに道路ができると、その伝統的農業は消えていきました。道路づくりにかりだされた村びとが現金収入を得て服をつくらず外から買うようになったからです。

チモン村には道路と電気がいっぺんにつながろうとしています。自給自足をしているチモン村では現金収入を得ることは難しく、お金を求めるものが町へ出て、過疎化がすすむようになります。それを懸念した、文化人類学者の辻信一さんの考えで復活したのがオーガニックコットンの栽培です。

過去に経験のあるコットン栽培なら村のおじいちゃんおばあちゃんの知恵と若者たちの力を合わせることができる。つまり、現金収入を得ながら、チモン村の文化とコミュニティーを維持することができるだろう、というわけです。

 

遺伝子組み換えコットン(GMコットン)の恐ろしさ

コットン畑を見学しているときに、衝撃的なお話をききました。インドでは遺伝子組み換えコットンを栽培する農家さんに自殺者が増えているということです。

遺伝子組み換えというのは、遺伝子そのものを捜査して、本来持たない新しい機能を生物の中に作り出す技術のことをいいます。作物でいえば果実を多く実らせたり、除草剤に耐えられるようにしたり、作物を殺虫効果のある性質にかえてしまうこともあるそうです。

遺伝子組み換えの作物をつくる最大の目的は、「手間ひまかけず収穫率をあげて利益を得る」ことです。広大な土地に種を蒔いた後、特殊な除草剤を散布しながら育てる。そのため、畑と畑周辺の生態系は、一気に狂う。はたけのまわりで暮らしている人びとにも、アトピーのようなアレルギー反応や癌などの健康の問題がふえているそうです。

遺伝子組み換えコットンは、コットン自体を殺虫効果のある性質に作り替えているため、手摘みで収穫する人の手の爪が奇形しはじめている、という話も聞かれます。

なぜ、遺伝子組み換えコットンが自殺の原因かというと、遺伝子組み換えのコットンの種は、通常のものより3倍ほど高値だが、作物自体に殺虫効果があるため、農薬の量が減り、その分のコスとダウンが見込まれていました。ところが実際は、パワーアップした害虫の出現で、農薬の量は増え、収穫率が減ったうえに繊維の質の低下により綿の単価が下がりました。出費が増え、収入が減った農家さんは種を購入したときの借金の返済がままならなくなり自ら命を絶つようになった、ということです。

チモン村での最後の夜

明日の早朝には、この村を発たなくてはならない。そう思うと、残り少ない滞在時間を楽しく過ごしたいところですが、村の現状と遺伝子組み換えコットンのことを伝えたいという思いがありました。
焚火を囲んで、引き続きそうした話を村びとにしていると、少し離れたところで太鼓の音が鳴り響き、お祭りのときに使う赤い鬼のお仮面をかぶった村びとが、マントを振り上げてこちらに向かってくるところでした。
太鼓の音に合わせて、踊り、お尻を突き出すふりをみていると、さっきまで真剣な表情で話し合っていた私たちは、みんな笑顔になり、鬼の動きに合わせて手を叩いたり、声を上げてはやしたてたり、そしてみんなで裸足になって踊りました。

こうやって、火を囲んで輪の中で踊っていると壁がスッと消えてこころの中に風が吹いたような気がしました。その風を感じると、こころの底から笑えて来ました。「ああ、わたしはなんて幸せなんだろう」そう思いました。

ブータンには、身分制度があります。チモン村の多くの人はお金のない暮らしをしている人が多いです。ですが、こうやって一緒に輪になって踊っていると、そんなことは、幸せの基準にはならない、身分の違いで不幸な人は生まれないことを村びとの笑顔は教えてくれました。

ブータンの人は他人を羨ましがることをしない」とペマさんは言っていました。
人と比べない。あるがままを受け入れながら、おおらかに生きる。そしてもうひとつ、自分が生まれてきた意味、自分の役割を感じて自分の存在を愛するー自分自身を愛すること、これが幸せを感じる秘訣ということに気づきました。

 

チモン村3日目、おわかれ

かわしまよう子さんは、見送りに来てくれた村びとたちと、ひとりひとりと手を握って別れを告げました。
念仏のようなものを唱え、無事を祈ってくれている村びともいました。出会った人にありったけの気持ちをそそぐ村びとたち。その思いの強さに圧倒されて、乗り込んだジープの中で、1時間ほど、子どものように泣いたそうです。

 

わたしが幸せを感じたとき

この本の記事を書くことは、自分の人生を振り返ることになりました。
植えた植物の種が芽を出したときの喜び、子どもといっしょに籠に草花を摘んで宝物のように感じたこと、つらいときに、自然に身を置いて元気を取り戻したこと、食後に家族と一緒にたわいもない話をしているとき、、秘密の花園の本を読んだとき、美しい音楽を聞いたとき、言葉をしゃべれない自閉症の子どもたちと心が通った瞬間、やっと授かった子を抱いたとき・・・

どれも、幸せを感じたときでした。

そして、この本をじっくり味わうこと

近代化の波がおしよせ、暮らしが変わろうとしているブータンですが、
ブータンのチモン村の自然と、村びとの目に見えない底なしの人間のあったかさが、私を幸せにみちびいてくれました。

 

チベット仏教ダライ・ラマ法王は、
仏教の目的を「幸せになることだ」と言い切られています。

自分が持っていないものに目を向けるのではなく、自分が持っているものの価値に気づくこと、これが仏教の出発点だそうです。

 

幸せとは何かというと、どれだけ人に与えられるか、人をしあわせにするために、どれだけのことができるか、ということではないでしょうか。結局はそれが自分のしあわせであり、人に与えれば与えるほど、自分が得ることになるのです。   -ペマさんの言葉よりー

 

 

このような長い記事を最後まで、読んでいただきありがとうございました。
でも、この本に書かれているチモン村のことを十分にお伝えできたとは感じておらず、もっと知りたい方、もっとチモン村の人々のあたたかさにふれたい方は、是非この本を手に取ってみてください。